会社はコミュニティ化し、仕事はプロジェクト化していく。

この数年間で、これまで盲目的に「当たり前」だと思っていたキャリア観は崩壊し、雇用を取り巻く環境が大きく変わっていく確信があります。昭和と平成。2つの年号が創り、維持してくれたルール及び価値感の賞味期限切れなのでしょう。では、例えばどんなことが起こり得るのか。私なりにまとめてみました。

大手企業のリストラが始まる

のっけから陳腐な表現でスミマセン。仕事のための仕事は淘汰され、「作業」はテクノロジーに置き換わる。人口減少社会の到来とあいまって、昭和・平成時代に「就職人気ランキング」上位だった会社が大量リストラを開始するでしょう。日本企業は横並び意識が強い。あそこが踏み切ったか、ではウチも・・と、この動きはドミノ倒しのように連鎖するはずです。90年代後半の山一証券倒産は、奇しくもナナロク世代というベンチャー社長群を産み出しました。新世代台頭の狼煙です。

複業(副業)解禁

会社には寿命があります。役目を終えた会社、終えつつある会社(昭和〜平成の賞味期限と歩みを共にするはずです)は社員を雇用し続ける余力がありません。よって、社員が自身の力で自立することを認めるはずです。(もちろん、その他の要因もあるでしょうが)数年内には解禁しない会社の方が目立つようになるでしょう。

ミドルの受難

就職氷河期に大手企業入社の切符を勝ち取った「高学歴」「高年収(600万円〜1100万円)」「都市圏居住者」が追い込まれます。大抵の場合、ここに「35年ローン」と「教育費」がのし掛かる。人生のポートフォリオを多角化する前に価値感とルールが変わってしまう。逃げ切りを図るシニアと、新世代に合わせてOSを入れ替える準ミドルと比べ、この層(主に40代)は身動きが取れません。ミドルの受難はその子供たちの受難でもあります。社会全体で出口戦略を見つけなければなりません。

作業からビジョンへ

複業が解禁され、キャリアの選択肢が増えたとき、人は初めて「自分が本当にやりたいことは何なのか」向き合い始めます。目の前の仕事は「しなければいけないもの」で、「会社や上司からの命令は従わなくてはいけないもの」だった。盲目的に思い込んでいた「頭の蓋」が取り除かれた時、何をやりたいのか、やれば良いのか、迷い惑う人は増えるはずです。結果的に仕事は、「やらなければいけない目の前の作業」から、「自身が実現したいビジョン」へと移り変わっていくでしょう。

会社はコミュニティ化し、仕事はプロジェクト化する

仕事はビジョンドリブンになる。当然ながら、「ビジョンが重なり合う」人たちと仕事を共にする機会が多くなり、会社はコミュニティ化していきます。複業解禁もあいまって、人は複数のコミュニティに帰属し、その中で複数の役割を担っていくことになる。仕事の大半はビジョン起点のプロジェクトとなっていくはずです。

会社の枠が溶けていく

上記の流れから、会社とは何なのか、再定義の議論がなされていくでしょう。会社と対等な契約を結ぶ「業務委託契約」の社員は増え、どこまでが社内で、どこからが社外なのか、その境界線はますます曖昧になっていく。会社の枠が溶解していきます。

個人事業主が増える

例えばカナダでは、国民の6割が個人事業主になるという試算もあるとのこと。フリーランサーに置き換わる新しい言葉が産まれて欲しい。あなたは世界にただ一人。名刺に自分の名前だけが書いてある世界は、今よりきっと、美しい。

面白そうじゃん、一緒にやろうよ

飲み会の約束のように、共感し、繋がったその場で、「ビジネス(価値創造)」を産み出す人は一気に増えていく。「それ、面白そうだね。一緒にやろう。俺がこれをやるから、君はこれ。足りないあれは、○○に声掛けてみるね」。プロジェクト単位の仕事に慣れた新世代は、きっと、超速の意思決定で価値創造を繰り返していくはずです。

クリエイティビティ、ホスピタリティ、マネジメント

世界の識者が言うには、人工知能が代替できない人の能力はこの3つ。逆を言えば、この3つ以外の仕事は「代替可能」ということ。いずれにしても、これからは、「その仕事って、人がやらなきゃいけないんだっけ」と問われ続けることになるのでしょう。

シューカツはダサい

「何故同じ時期にリクスーを着て」「何故同じタイミングで説明会に足を運び」「ロボットのようにシューカツフォーマットと向き合って」「私は私であるはずなのに、いつしか周囲との同調・同質を迫られるのか」。社会、家族、友人から奇異の目で見られ、アウトローと言われ「周囲に同調できなかった若者たち」が、「シューカツはダサい」と叫び始めます。とりわけ意思決定力と行動力がある層から。それでもシューカツは残ります。2:6:2の法則で言うところの、「6」のセーフティネットとして。

学生と社会人の境界線が無くなっていく

学生と社会人。ビジョンとプロフェッショナリティに年齢は関係あるのでしょうか。中学、高校から社会人とプロジェクトを共にする学生は増え続け、いつしか、「大学を卒業したら会社に就職する」という概念そのものが形骸化していくはずです。年齢は関係ありません。「何をもって社会人なのか」「オトナなのか」私たちは改めて向き合うことになるのです。

全ては、信頼と信用を育んでいくために

これまでの時代、信頼と信用を担保してくれるのは、「学歴」「会社名」「職歴」でした。ソーシャルな時代、信頼と信用を担保するのはあくまで、自分の日々の行動と結果です。約束を守れているか。お客さまの、仲間の期待に応えているか。その蓄積が人生を豊かにし、時には可能性を狭めていく。信頼できる人と働くと、安心できる。信用できる人と一緒にいると居心地が良い。来たるべきその世界は、今よりもっと人間らしい。そう思います。

読んでくださってありがとうございます。皆さんと一緒に、未来の議論をしたいです。

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